
「前に進めない時というのは、壁に立ち向かっている時。」
と、僕に教えてくれた人がいた。Jさんという一部ではかなり名の知れた女優さんだ。
僕がまだ学生で役者を目指していた頃、芝居の講師だったJさんは講義の中でその話をしてくれた。
その言葉は誰かの著書に書かれていたらしいけど、その言葉のまま目の前の壁にただ向かっていけばいいわけじゃないと言った。つまり、前に進めない時は一度立ち止まって壁を見つめてみよう、その壁は昇れるような高さではないかもしれない、力任せにぶつかって崩れるような弱いものでもないかもしれない。
・・・と。
更に、いろんな手を使って崩そうとしてもどうにもならない時は、少しそこで休んでいつでも動けるようにしておこう。もしかしたら、何もしなくても突然壁は崩れたりするかもしれないから、チャンスを逃さないように観察しておくのも大切なんだ。
・・・とも言った。
それまでそんなこと、考えたこともなかった。頑張って何とかして壁をどんどん越えていかなくちゃいけないって、ただひたすら焦っていた僕にとって、すごく道が開けた気がした。
壁に立ち向かうことができたら、そこから何もかもが始まる。壁を調べて観察して、時には話し掛けちゃったりしてさ。どうにもこうにも変化がなければ、少し休んで待ってみたり。もしかしたら抜け穴があったりするかもしれないし。ひょっとしたらそれは行き止まりだったり、途中で道を間違えたりしてるのかもしれない。いい機会だと思って、自分を振り返ってみるのもいいのかもしれない。
確かに、この『壁』なんて人それぞれで、前に進むなんてことも考えない人の方が多いのかもしれない。他人から見たら、そんなの『壁』なんて思えないようなものかもしれない。そうさ、壁なんて越えなくても人は生きていけるのかもしれない。
けれど、僕はずっと先を目指して歩いている。辿り着きたいところがあるから壁に当たる。そして、前に進めなくなる度にこのJさんの言葉を思い出す。
目の前に壁がある。立ち止まって休んで考える。その壁は何なのか、どこかに何か手がかりがないか、今までに同じような壁に当たったことはないか。本当にその先に行きたいのか、その先に何を求めているのか・・・・。
ただ力任せに体当たりしたり、何も考えずに無理やり越えようとしてもびくともしない壁は沢山あるから。
前に進めない時は、目の前にあるものをじっくり見つめて分析してみる。
そこから全てが始まる。そこにきっとヒントがある。
この言葉は、気ままに街を行く僕を今でも支えてくれている言葉の1つ。
動けなくなったとき、身動きが取れなくなったとき、どうしていいのか分からないとき・・・この言葉を思い出す。
今はもう、芝居の世界から離れてしまったけれど、Jさんは僕にとって今も心の師匠なのだ。
2001/08/29
